Fast-Foward

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自己啓発本とはナイフだ!!!!!!1

自己啓発本は、本屋にいけば嫌というほど目につく。
「やる気を出す方法」とか「行動できないのはなぜか」とか、そんな同じようなことしか書かれていないクソみたいな本がたくさんある。

それはなぜかというと、やっぱりみんなに需要があるからに他ならない。 需要があるからしてあれだけ沢山の同じような本があるのだ。

でもはっきりいって、自己啓発的文章を読んで意識を高く保とうとしている人と付き合うのは危険だ。
自己啓発本を片手に持っている人を見かけたら、それはナイフを片手に持って徘徊しているのと同じ。いつぞやこちらに振り回してくるか知れない。誤って近づいて、かすりでもしたらすごく危ない。
あなたは常に片手にナイフを持った人間と付き合いたいだろうか?そんな人と付き合いたいのは、やはり同じくナイフを片手にしている人だろう。いや、ナイフを持った者同士が向き合うからして、殺し合いが始まる可能性もある。
そう考えると、ますます自己啓発という行為が恐ろしくなってくる。

僕が自己啓発をナイフだと思うのは、僕も自己啓発本を読んだことがあるからである。
自己啓発という言葉の意味を調べてみると、自己をより高い段階に上昇させようとする試み、だそうだ。そんな方法が簡単にできたら義務教育で教えてもらえるはずだ。というか、そもそもどこの方向へ自己を上昇させようというのだろう。現状に満足できないから自己を上昇させようと思うわけで、それだったら自己啓発本なんていう無意味な文章の羅列に次ぐ羅列を目で追う行為をしている時間を、なんか他の勉強にあてればいんじゃね?と高校生ですら言えると思う。

要するに自己啓発の本質とは、本当に恐ろしいもので、下手をしたら一歩も歩くことができないで一生を終える可能性がある。なぜなら一歩歩くにはどうすれば良いか、どうすれば格好いいか、どんな靴を履けば洒落てるか、とか一歩を踏み出す前に最高の一歩を踏み出す研究をして、論文とか書いたりして、とにかく時間を浪費するからである。時間を浪費しまくるのだ。その浪費の時間は、莫大なもので、下手をしたら一生の時間を費やして、最高の一歩を踏み出す空想をして、一歩も歩みを進めないまま死ぬ可能性がある。そして死ぬ間際に気づくだろう、答えなんてなかったんだと。
答えがないものの答えをだす作業をずっとしていたなんてなんとも虚しい人生である。

だからそんな恐ろしい研究をしている連中は、得体の知れない人生という、なぜ生きてるのか的なハナから答えがないものについて延々と空想をしているやつらなのだ。彼らは気が触れているといってもいい。気が正常ではない。別に気が正常じゃなくても個人の自由だけど、気を正常ではなくすものを所持している人はやっぱり怖い。それはナイフを持っているようなもの。!!!

最後に僕は、自己啓発本が言いたいことは、「行動しろ」の一言で説明できると思う。そして行動できないのは脳内のやる気を出すドーパミン的なやつが足りてないからで、決して個人の努力不足とかそんなんじゃない。世の中で成功している人は、たまたま脳内にやる気ホルモンが出やすい体質に生まれてこれたので、努力ができて成功できたのだ。脳内にやる気ホルモンが少ない人にやる気を出せ!って言っても無意味である。
行動する方法はただ1つ!やる気ホルモンであるドーパミンを何らかの方法で増やせばいいのだ。そしてそれを容易くできるのが薬を使う方法だ。つまりアッパー系の薬物を使えばいいのだ。そうすればみんな行動する意欲が湧く!
ぐちぐち言う前にクスリを使え!しかしそんなクスリはほとんど法律で禁止されてしまっている!正しく使えばアッパー系薬物だってプラスの効果を出せることは証明されているのに誰も大きな声では言わない。それは快楽のためだけにアッパー系薬物を使った連中のせいである。
「ウルフオブウォールストリート」って映画の主人公はコカインをやってなかったら成功できなかったろう。
ただ、みんながアッパー系薬物を正しく使ったら困る人がいる限り、正しいアッパー系薬物の使い方の教科書はでないだろうね。